「外食王の飢え」といふ、

城山三郎か誰かの小説がある。読んだことはないが、一代でレストランのチェーン店を作り上げた男が、気がついたら外食産業が客に提供するのは食事ではなく、単なる「工業製品」に成り果て、とても食へた代物では無くなつてゐることに愕然とする話だらう(勝手に推定)。
私も今、堪へ難い飢ゑに苛まれてゐる。目の前に数ダースのエロビデオがあるといふのに、「村上ゆうのハイスクール体験」が見つからないのだ。
この精神の深奥より来たる飢ゑは、冒頭の外食王よりも熱い共感を呼ぶと思ふのだが、どうか。